大学卒業後、私はアメリカへ渡りました。最初の仕事はITマネージャー。ネットワーク構築やヘルプデスク業務に携わりながら、ニュージャージー州ジャージーシティで暮らしていました。
そんなある日、旅客機が貿易センタービルに突入——2001年9月11日、世界を震撼させた同時多発テロが起こりました。あの日の衝撃は、今でも忘れることができません。
その後、景気の悪化に伴い、新天地を求めてミシガン州デトロイトへ移動。現地のレストランでPOSシステムの設定などに携わる中で、いつの間にか寿司を握るようになり、気がつけば店舗の店長に。自分の人生は、いつも「想定外」の道に導かれているようです。
ところが、リーマンショックによりデトロイトは失業率55%という未曾有の経済危機に見舞われ、店舗も閉鎖の危機に直面。
しかし私はあきらめず、経営権を引き取り、誰一人解雇することなく店舗を再生。毎日寿司弁当をつくって配達し、スタッフと力を合わせて乗り越えました。あのときの仲間には、今でも心から感謝しています。
数年後、さまざまな事情からデトロイトを離れ、再びニュージャージー州へ。今度はマンハッタンにある4店舗のゼネラルマネージャーとして、多国籍なチームをまとめる日々を送っていました。
しかし2020年、新型コロナウイルスによってマンハッタンがロックダウン。翌日には従業員の解雇、在庫処分、そして自らの辞任という決断を迫られました。4店舗分すべてに責任を持ちながらも、「今こそ家族を守るとき」だと感じ、私はデラウェア州へと避難します。ちなみにデラウェア州は消費税がなく、ちょっと嬉しい驚きでした。
その後、家族はそれぞれの道へ。
妻はセドナへ、長男はボストン、次男はデンバー、三男はミシガン州へ。
私はセドナを拠点に、時には日本に戻りながら、しばらくの間シェアハウスの家守として静かに過ごしていました。日本に一時帰国した際には、両国のアパホテルで3日間の隔離生活を体験しましたが、それもまた、忘れられない思い出です。
現在はセドナで、穏やかな時間の中、自分自身と向き合う日々を過ごしています。
私は幼い頃から、人の顔色や感情の変化に敏感で、周囲の気配や、誰にも聞こえないはずの“音”のようなものを感じることがありました。
料理の味も、作る人の心が反映されているように感じ、まるでその人の性格までも伝わってくるようでした。
高校時代、皿洗いのアルバイトをしていた頃のこと。
意地悪な同僚に対して「来なければいいのに」と強く思ったあと、わずかな期間で3人の同僚が事故やケガで来られなくなるという出来事がありました。今思えば、無意識に強い念を飛ばしていたのかもしれません。
それ以来、なるべく人との衝突を避けるようになり、自分の中の“何か”を封じるようになっていきました。
そして高校卒業間近、中学からずっと一緒だった親友を、バイク事故で突然失います。
何度も「今日は乗るな」と警告していたにもかかわらず、止めることはできませんでした。
当時は交通事故が多く、バイト先の先輩や同級生を何人も亡くしていましたが、なぜかその出来事を“予感”として感じてしまう自分が、怖くて仕方ありませんでした。
大学卒業直前には、別の親友がバイク事故で足を失い入院。やはりその日も、私は「絶対にバイクには乗るな」と伝えていました。
それでも彼を救えなかった——。
自分の中にあるこの“感覚”を恨み、封印し、逃げるようにしてアメリカへ旅立ちました。
けれど、アメリカで素晴らしい出会いが待っていました。
今の妻と出会った瞬間、「この人と一緒になる」と不思議な確信が湧いたのです。まるで、漫画『百鬼夜行抄』に出てくる主人公の祖父の奥様のように——魂が覚えていたかのような出会いでした。
その後、アナフィラキシーショックで救急搬送されたことをきっかけに、体に合う食べ物・合わない食べ物を見分ける必要が出てきました。
オーリングテストやペンデュラムによるダウジングを行うようになり、徐々にスピリチュアルな感覚が再び戻ってきました。
レストランでは、誰よりも味覚に優れ、食材の鮮度を直感的に見抜き、スタッフやお客様の“気”を読み取りながら準備を先回りして行うことができました。
何百人もの面接も経験し、多国籍な人材の中からその人の「氣」や「背景」を感じながら採用や指導を行ってきました。
辞めるタイミングや内面の不安も、事前に察知してフォローすることで、チームの安定につなげてきました。
そして、ある日——
妻が身につけていたフェナカイトというクリスタルを、何気なく手に取った瞬間、まるで焼けた石のような熱さを感じて、思わず手を離しました。もう一度手に取ったときには、何事もなかったように普通の石に戻っていました。
この出来事が、私とクリスタルとの出会いです。
この日から、クリスタルは私の“親友”となりました。——もう、二度と失いたくない存在。
この体験を境に、私の中にあったスピリチュアルな感覚が目覚め始めます。
HSP(Highly Sensitive Person)、エンパスとしての生きづらさも、実は「才能」や「強み」であることに気づきました。
精神科医デヴィッド・R・ホーキンズ博士の著書『パワーか、フォースか』との出会いは、私に意識レベルという新たな視点を与えてくれました。
ペンデュラムを使って、自分自身のエネルギーや周囲の状態を測ることも行っています。
ホ・オポノポノ、ウニヒピリとの出会いは、ないがしろにしていた“もうひとりの自分”と向き合う大きなきっかけになりました。
アカシックレコード、自分の魂の図書館。
ブループリント、自分が生まれる前に決めてきた道。
輪廻転生、自分は何のために生まれてきたのか——
こうしたテーマが次々と目の前に現れるようになりました。
今は、チャクラのバランスこそが、自分自身を理解し、整えるための最もシンプルで確かな方法だと感じています。
セドナという特別な場所で、自分自身と丁寧に向き合う日々を過ごしています。
長文をここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
レストラン経営の経験を通じて、私は「人には適材適所がある」ということを強く実感しました。
この配置を間違えると、どんなに優れた人材や計画があっても、うまくはいきません。
そして今、私が一番大切にしているのは——
**「自分のマネージャーは、自分自身である」**ということ。
得意なことはある。けれど、信じられない。自信が持てない。
そんな思いを抱えながらも、一歩を踏み出すこと。
——それは簡単ではありません。でも、確実に自分を前へと進めてくれます。
私も、今その一歩を踏み出しながら、歩んでいます。
クリスタルとともに、自分自身とともに、セドナという地で。